縮で潤った小千谷の商人の先見の名と、政治力に感謝【市民学芸員体験講座】第29回
ちぢみでうるおったおぢやのしょうにんのせんけんのめいとせいじりょくにかんしゃ しみんがくげいいんたいけんこうざ だい29かい「学芸員の仕事は、実に様々。資料の収集、保管、展示をして、さらに講演まで!」 「そんな学芸員の仕事を気軽に体験し、小千谷のまだ見ぬ魅力を一緒に発見しましょう!」 と、そんなことで始まった【市民学芸員体験講座】も2年目に突入。 活動報告や参加者の感想などをご紹介します。 第29回 史跡調査演習「本町まちあるき~船岡山と寺社からまちの守りを学ぶ~」 (2025年10月18日実施)
【報告 : 市内在住 50代男性】 小千谷市学芸員体験講座第29回「本町まちあるき」に参加しました。(仕事の為遅刻) 佐藤半左衛門家に伝わる古地図を見ながら、「昔の道がそのまま今も残っている」という小千谷の魅力と歴史を深掘りした。 市民会館スタートで稲荷町〜船岡山〜日吉〜元町〜川岸町〜本町〜寺町 というコースを歩きながら小千谷の歴史の痕跡を探りながら皆で歩いた。 このコースは坂ばかり。足の疲れよりも、知らない事ばかり(近所のくせに)で話が弾む。 稲荷町の青苧神社とされる付近に石造りの祠があるぞ。
お馴染みの船岡山も元々は西脇家のお墓の丘。舟の形をした墓のある場所ということで、「舟陵の丘」=「船岡山」という事だそうで、戦国時代は城としての機能もあった。
船岡山入口の左に下る階段から、成就院の墓地に直通で行けるなんて・・・初めて知った。檀家なのに笑 成就院の墓地の一部は、昔、幕府の米蔵があったという。
魚新元町店の並びに、振徳館があり、石碑があった。振徳館は小千谷小学校の前身で、五智院から始まった小千谷小学校の学徒が増えるに従いここにも建屋を建てたのだろう。 この振徳館の場所は「蝋座(ろうざ)」という蝋燭の原料を保管する倉庫があったという。
日本発の官民共同出資の学校である小千谷小学校は、五智院から始まり振徳館となり複数の建屋で民を教育し、やがて現在の小千谷小学校の広い場所に集約される。いずれも、小千谷縮で潤った小千谷の商人の先見の名と、政治力に感謝。 本町通りは1638年からつくられた。 1638年って江戸幕府が開かれてから30年前ぐらいの昔。島原の乱のあたり。そんな昔に、いまの広さの通り(日本有数の広さの道)を作っていったのはすごすぎる。 その後、小千谷縮により賑わう本町が攻められた時のために、本町につながる道をわざと道幅を変えて兵士が行列で進行できなくしたり、十字路を少しずらし、行き止まりを多く作ったりして兵士を混乱させつ為の工夫がたくさんある。その工夫が今も道として残っている。
旧寺町はその名のとおり寺が不自然なほどたくさんある。 これも、上ノ山方面から攻められた場合に、寺を見ることにより戦闘意欲を減退させる目的もあり、他の地域から寺町に引っ越してきてもらったのだ。慈眼寺も、元々は吉谷にある寺だったそう。 あっという間の約3時間の街歩き。 何度も復習のために歩いてみることにした。 さあ、来週は小千谷はじまりの地、吉谷を歩きながら小千谷を学ぶぞ!