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大明神遺跡発掘調査記録 chapter40≪なぜ大明神遺跡はここにあるのか3≫

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chapter40≪なぜ大明神遺跡はここにあるのか3/2025年8月28日≫

おぢやの千の宝
2026年4月14日公開(2026年4月14日更新)

どうして大明神遺跡は選ばれたのか

どうして大明神遺跡は、縄文時代中期の集落として選ばれたのか、航空写真から推定してみましょう。

【奥に魚沼市方向を眺める様子】

おくにうおぬましほうこうをながめるようす

大明神遺跡発掘調査記録 chapter40≪なぜ大明神遺跡はここにあるのか3≫

おぢやの千の宝
1枚の写真の1枚目

【奥に魚沼市方向を眺める様子】

おくにうおぬましほうこうをながめるようす

大明神遺跡の遺物からわかる特徴が、色々な地域の土器や石が来ていることです。この多くの地域のとの交流を生じさせる要因が交通の要衝であることです。信濃川と魚野川の合流地点であるため、川沿いに移動する人々の集まりやすい場所となります。

交通の要衝

【奥に東小千谷を眺める様子】

おくにひがしおぢやをながめるようす

大明神遺跡発掘調査記録 chapter40≪なぜ大明神遺跡はここにあるのか3≫

おぢやの千の宝
1枚の写真の1枚目

【奥に東小千谷を眺める様子】

おくにひがしおぢやをながめるようす

また移動の手段で大切なのが、山の山頂にある尾根です。山の尾根は高い場所であるため、安全に移動することができ、戦国時代まで主な移動手段でした。また遠くが視認できるため目的とする場所にたどりつきやすくなります。さらに山裾を迂回しなくて済むため、最短距離で目的地にたどり着くことが出来ます。 このため、川や山によって規定された交通の要衝であることが、大明神遺跡が縄文時代中期の集落として選ばれた理由の一つといえます。 文:小千谷市学芸員 白井雅明

ホントカ。小千谷市ひと・まち・文化共創拠点
住所:〒947-0021 新潟県小千谷市本町1丁目13番35号電話:0258-82-2724FAX:0258-82-8915
開館時間:
屋内広場
食アンカー
発アンカー
響アンカー
※演アンカー西側トイレは24時間利用可能
休館日:毎月第2, 4火曜日及び年末年始
第2・第4火曜日
祝日に当たるときは、その翌日以後の最初の休日でない日
年末年始
12月29日から翌年の1月3日まで
食アンカー
毎週月・火曜日、年末年始

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